2015年8月、航空宇宙局(NASA)の資金提供のもと、ハワイでユニークな模擬試験が行われました。
「ハイシーズ」と呼ばれる、将来の有人火星探査に関するプロジェクトです。
孤立した空間で365日の共同生活を送るというものです。
有人火星探査を行うには、2年から3年もの長期間、地球から離れ、孤立した空間で共同生活を送らなければなりません。
この特殊な環境は、普段の生活ではあり得ません。
そこで模擬環境を作り、調査を行うことになりました。
場所は、ハワイのマウナ・ロア山です。
砂と石だけの殺風景が広がっていて、地球でありながらも、火星に近い風景が広がっています。
火星探査ステーションを模したドーム型の住居施設を造り、人間関係や精神状態がどう変化するのか調査を行います。
クルーは全員で6名。
それぞれ宇宙関係の仕事に従事する人たちですが、互いに初対面であり、国籍もばらばらです。
毎日の食事は、宇宙食が中心です。
外に出るときは、宇宙服を着用しなければいけません。
当然ですが、参加中は家族や友人と面会謝絶です。
あくまで火星探査のシミュレーションなので、テレビもコンビニもなく、ネットサーフィンも不可です。
通信には大きな制限があります。
メールを送ることは可能ですが、すぐ相手には届きません。
地球と火星の距離を想定しているので、届くまでに20分の遅延、往復で40分の遅延があります。
家族にメールを送っても、かなり待たされることになります。
最初は仲良く過ごしていました。
和やか雰囲気で会話をしたり、良いムードが広がったりしていました。
1カ月、2カ月、3カ月と過ぎていき、問題なく進むように思われました。
ところが4カ月を過ぎたあたりから、変化が出てきます。
次第に会話が減り始め、人間関係がぎくしゃくし始めたのです。
住居施設に防音設備はないため、すべての音が聞こえてきます。
話し声、歩く音、ランニングマシンで走る音、ギターの音。
パーソナルスペースは限られているうえ、ちょっとした音も全体に響きます。
相手の生活音が気になっていらいらしたり、孤独や不安を感じたりして、精神的に不安定な状態になっていきました。
2日で3つ4つの言葉しか交わさないこともあるという状態となり、だんだん険悪なムードが広がり始めました。
そんななか「あること」がきっかけで、6人の関係が劇的に改善することになります。
6人で共同作業を行ったのです。
住居施設では、限られた水しか使えません。
使える水は微々たるもので、シャワーや飲み水も厳しい制限があります。
水を手に入れる方法は、地球から水を運ぶか、現地で調達するかの2つに1つです。
そこでクルーたちは、使われていなかった非常用の給水タンクを利用することにしました。
水が古く、そのままでは飲めないので、蒸留させて飲み水に変える作戦です。
6人が力を合わせて蒸留設備を構築します。
なかなか手間のかかる仕事ですが、水を増やすためにみんな必死です。
その結果、11リットルもの飲料水を作り出すことに成功しました。
そして関係も一気に改善しました。
共同作業を通して、コミュニケーションの機会が生まれ、共通体験も生まれます。
全員が同じ目標に向かって心を1つにすることで、険悪なムードが改善され、再び良いムードを取り戻しました。
そして、孤立した空間で365日の共同生活を送るというミッションを、見事クリアしたのです。
私たちは、この調査から学ぶところがあります。
円滑な人間関係のためには「一緒に何かを行う」というイベントが効果的です。
仕事のプロジェクト、地域のボランティア活動、運動会・文化祭・お祭りの準備。
私たちの身の回りには、みんなで力を合わせて行うアクティビティーがあります。
面倒だから関わらないと言ってしまえばそれまでですが、中長期的に見ると、人間関係にプラスの働きがあります。
一緒に何かをすることで、おのずと接する機会が増え、コミュニケーションが生まれます。
共通体験を通して、信頼関係が結ばれていくのです。