私は幼いころ、長生きができるのは幸せなことだと思っていました。
しかし、それは場合によります。
長く生きられれば、孫の顔を見ることができ、嬉しいことや楽しいことなどがたくさんあります。
世の中の数多くの変化に触れることができることでしょう。
しかし、長く生きたとしても、中身のない人生はどうでしょうか。
愛もなく、友人も知り合いもなく、生きる目的も希望も楽しみもない状態で長く生きることは、むなしい人生ではないでしょうか。
人生は、ただやみくもに生きるのではなく、目的と目標を持って濃く生きることです。
中国・孔子の言葉に「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり(あしたに、みちをきかば、ゆうべにしすともかなり)」があります。
人として大切な道徳を聞いて悟ることができれば、その日の夕方に死んでも心残りはないという道徳の貴さを説いた格言です。
もちろん長生きできることに超したことはありませんが、その限りではありません。
生きるうえで大切なことは「長く生きること」ではなく「濃く生きること」です。
本当に濃く生きることができたならば、人生は短くても有意義だったと言えるのです。