学校では、無駄なことを嫌います。
勉強もできるだけ効率よく進めようとします。
無駄な知識も、黒板に書くことはありません。
学生時代は時間が限られているため、無駄なことをしないで力をつけさせようとします。
しかし、大人になると、無駄なことのほうが、役立っていることが多いのです。
本当の力をつけさせようとするなら、無駄をどれだけたくさんこなしてきたかが勝負になります。
私は小学生のころから、漢字が好きでした。
先生に宿題を出されなくても、授業中暇があれば、漢字の練習をしたり、文字の稽古をしていたものです。
中学2年になったころの話です。
ある日「世の中にはこんな漢字もあるのか」と衝撃を受ける出来事が起こります。
今までひらがなで書いていた「ちょっと」という言葉に、実は漢字があることを知るのです。
「ちょっとだけもらう」「ちょっとだけ見る」といったときに使う「ちょっと」です。
あなたはこの言葉に、漢字があることを知っていましたか。
漢字で書けば「一寸」と書きます。
あるアドベンチャーゲームをしていたときに「ちょっと」という言葉が「一寸」と書かれていたことを機会に知りました。
私はてっきりひらがなしかないと思っていただけに、驚いたものです。
漢字の由来も調べてみると「一寸(いっすん)」という長さは、ちょっとだから「当て字」として書くようになったそうです。
次の日、友人に言いふらしたくらいです。
そのほかにも、意外な言葉に漢字があります。
夏にみんみんと鳴く「セミ」も、漢字で書くと「蝉」と書きます。
背が高く伸びる花である「ヒマワリ」も、漢字で書くと「向日葵」と書きます。
人の話を聞いて相槌を打つときに使う「なるほど」という言葉も、漢字で書けば「成る程」となります。
図書館の『歳時記』という辞典を眺め、今まで知らなかった難しい漢字を見つけ、1人で感動します。
今まで知らなかった言葉をたくさん知り、放課後の図書館で漢字を調べては、1人で「なるほど」とうなずいていました。
とはいえ、難しすぎる漢字です。
学校のテストに出ることはありません。
先生に尋ねても「難しくてわからない」と答えるような漢字ばかりです。
まったく無駄な努力をたくさんしていました。
友人は「そんなことをやっても意味がない」と侮辱されます。
しかし、私は純粋に楽しくてそうしていたのです。
漢字の不思議な世界に夢中になりました。
難しい漢字をたくさん知ることで、日本語に興味を持ち、今このように文章をたくさん書くことにつながっています。
今では難しい漢字で書くことはなかなかありませんが、昔、漢字に燃えた時期があったからこそ、今があると思っています。
無駄なことほど、本当に力になるのです。
野球の素振りも、一見無駄の塊に見えます。
ボールも飛んでこないのに、バットを振って意味があるのかと思っていました。
しかし、実際、野球界で有名な長嶋茂雄さんも、王貞治さんも、素振りこそ一番時間をかけて練習をしたといいます。
「こんなことをやって、本当に意味があるのか」
無駄とも思える努力を積み重ねて、徹底的に基礎を固めることで、揺るぎない本当の力を身につけることになります。
たくさんの無駄を経験しておかないといけないのです。
本当の力とは、たくさんの無駄の塊からできているのです。