悪口を言わない、あるいはノートに書いてしまうことでたまったストレスを発散させる。
こうしたことは、たしかに1つの方法です。
ですが正直なところ、これは表面的な解決策です。
解決したように思えますが、そもそも自分の内側である心が変わっていないため、またすぐストレスがたまってしまいます。
つまり、内側がストレスを受けやすい状態であると、いつまで経っても本当の解決には至らないのです。
いつもいらいらしている人が、悪口を我慢してノートに書いたり、スポーツに汗を流したりして多少ストレスを発散させたとします。
しかし、そもそもいらいらしやすい人は、そういう性格であるため、またすぐストレスをためてしまいます。
イタチごっこになります。
喧嘩をしない人はまったくしませんが、喧嘩をしやすい人はいつも喧嘩ばかりしているようなものです。
内側の性格的な問題なのです。
本当の解決は、常に自分の内面にあると考えましょう。
あなたが見ている現実は、つまりあなたの「心」というフィルムを通して映し出された映像です。
あなたが今見える世の中を、1つの映画と見立ててみましょう。
自分が歩んでいる人生がどのくらい素晴らしいか、あるいは汚れているかは、それを映し出している心というフィルムが問題です。
映画と同じことで、フィルムに汚れが付いていると、そこからスクリーンに映し出される映像にも汚れが付いてしまいます。
しかし、フィルムがきれいなら、それを通して映し出される映像もすべてきれいに映し出されます。
要は、あなたの心というフィルムの問題なのです。
本当の改善とは、このフィルムの汚れを取ることをいいます。
フィルムがきれいなら現実も美しくなり、フィルムが汚れていれば現実も汚れてしまうわけです。
つまらない毎日もだるい生活も、喧嘩の多い人間関係も、自分のフィルムの汚れに応じた映像が映し出されているだけです。
黒いサングラスをかければ、どのような景色に見えますか。
全体的に黒く見えてしまいますよね。
赤い色のサングラスをかければ、赤い景色に見えますよね。
では、汚れたサングラスをかければ、どう見えてしまいますか。
汚れた景色に見えます。
実際の世の中は汚れていなくても、自分のかけているメガネに汚れが付いているとすべてが汚れて見えてしまうのです。
その汚れによって、自分がストレスを受けてしまいます。
一時的なストレス発散は効果があっても、またすぐ次のストレスに悩まされることになります。
心というフィルムが汚れているからです。
メガネに汚れが付いているかぎり、いつまで経っても汚れたままの現実しか見えないのです。
心の曇りを取るとは、つまりこの心というフィルムの汚れを取ることを意味します。
心の曇りとは単なる比喩ではなく、心が曇っていると、現実も本当に曇って見えてしまうのです。