一声をかけるべきか、迷う場面があります。
たとえば「許可をもらう場面」「注意をする場面」です。
どちらも言う前にためらいが生じ、迷うことが多い。
相手に不快感を与えることを心配することもあるでしょう。
声をかけるのが手間で、おっくうを感じることもあるはずです。
「声をかけるのは大げさだろうか」
「言ったら相手の気分を害するかな」
「言ったほうがいいかな。どうしようかな」
頭の中でさまざまな不安がよぎり、声がけを迷います。
くよくよ迷っていると、時間が過ぎるだけでなく、無駄なエネルギーも消耗します。
迷っているときは、頭の中で摩擦が生じているときです。
きりきりして不快な摩擦が生じているため、意外とエネルギーを使います。
しかし、一声に迷っていても疲れるだけです。
ストレスもたまる上、貴重な時間も過ぎていき、いいことはありません。
「声をかけようかな。どうしようかな」
迷い続けたところで、余計なストレスを生むだけ。
迷うくらいなら、さっさと声をかけることです。
すぐ一声をかけたほうが、早く解決して疲れません。
たとえば、バスでリクライニングシートを倒すときです。
リクライニングシートを倒すとき、許可の一言が大切です。
「後ろの人に声をかけようかな」と迷っていても疲れるだけ。
後ろの人に気づかれないようちびちび倒すのも、スマートではありません。
こういうときは難しく考えません。
ややこしいことは考えず、後ろの人に「倒してもいいでしょうか」と一言をかければいいことです。
許可をもらえば、気兼ねなくリクライニングシートを倒せ、余計な気を遣わなくて済みます。
隣の部屋がうるさいときも同様です。
隣の部屋がうるさいと、なかなか静かに過ごせません。
「注意を言いに行ったほうがいいかな」と迷う場面があるでしょう。
もちろん少し様子見は必要ですが、延々と様子見をしても疲れるだけ。
「騒音を注意しようかな。どうしようかな」と迷っていても、睡眠を邪魔されるだけ。
ストレスがたまり続け、どんどん疲れます。
こういうときは、さっと注意を言いに行けばいいだけです。
「音が響いて、眠れなくて困っています」
言葉を選びながら丁寧に言えば、すぐ解決することです。
早めに注意すれば、早めに解決します。
許可の一言も注意の一言も、延々と説得が必要というわけではありません。
一言で解決することです。
ほんの数秒のことでしょう。
長くても数分でしょう。
注意の一言も許可の一言も、迷うくらいなら、すぐ声をかけましょう。
すぐ一声をかければ、疲れないのです。