「創造主の存在を信じません」という人がいれば、次の問いかけをしてみてください。
「では、あなたはなぜ生まれたのですか」と。
あらゆる「始まり」をきちんと説明しようとすると、必ず最後には「わからない」という状態になります。
私たちは、なぜ今ここにいるのでしょうか。
昔に遡って、考えてみましょう。
あなたが生まれたのは、親のおかげです。
親が生まれたのは、ご先祖様のおかげです。
ご先祖様が生まれたのは、地球があるおかげです。
地球が生まれたのは、太陽系のおかげです。
太陽系が生まれたのは、銀河系があるおかげであり、銀河系が生まれたのは宇宙のおかげです。
宇宙は、138億年前に、ビッグバンによって生まれたといわれています。
では、そのビッグバンなるものを生み出したのは、誰なのか。
世の中の始まりを究極まで探求すると、ここで行き詰まります。
世の中のあらゆる動植物は、遺伝子からできています。
遺伝子は「アデニン、チミン、グアニン、シトシン」という4つの塩基配列によって、作られています。
よくできたシステムです。
では、その遺伝子なるシステムを考案したのは、誰なのか。
私たちは、時間の流れの中に生きています。
では、その時間なるものを作ったのは、誰なのか。
時間は、いつから始まったのか。
あらゆることの始まりを突き詰めると、わからないのです。
ノーベル賞を受賞した人でさえ、創造主について聞かれると、言葉に詰まります。
誰にもわかりません。
現実を突き詰めると、必ず最後には、説明できない現実に気づきます。
「わからない」でいいのです。
説明できない状態を、素直に受け入れ、認めることです。
「わからないが、たしかに何かが存在する」ということです。
法則なのか、光なのか、何なのかわかりません。
強いて言えば「偉大なる何か」です。
世界には、数多くの宗教があり、それぞれの創造主をあがめています。
宗教ごとに創造主の姿形に違いはあれ、言いたいのは「偉大なる何かに感謝しよう」ということです。
創造主に対する、大いなる尊敬です。
この世があり、自分が今ここにいることが、創造した偉大なる何かがいる証明です。
結果があるなら、必ず原因があります。
そういう意味で「創造主を信じません」という人こそ、非現実的です。
「何をわけのわからないことを言っているんだ。現実をきちんと見ようよ」と思います。
偉大なる何かは、目に見えませんが、存在を信じざるを得ないのです。