私が会社に入社して、間もないころです。
同じ職場に、冨本さんという先輩がいました。
10歳ほど年上で、単身赴任で大阪から来ていました。
ある日のある事件が起こってから、社内では「気の利く先輩」ということで有名になりました。
その事件は、ある日、静かに起こりました。
「あっ!」
ある日、社員の1人が大声をあげました。
どうしたものかと近づいて様子をうかがうと、どうやら大事なデータを削除してしまったようです。
そのファイルは、やり直しができない大切なファイルです。
皆さんが使っているパソコンのキーボードの配置を見てみましょう。
「Enterキー」と「Deleteキー」が、近い場所に位置していますよね。
「Enterキー」を押そうとして「Enterキー」と「Deleteキー」を同時に押してしまいました。
わずかに「Delete」を先に押して「削除しますか」の警告を「Enter」も同時に押したのです。
確かめる間もなく「はい」を選択してしまい、ファイルを削除してしまいました。(※あなたも気をつけて)
さらにネットワーク上にあったファイルなので、一度消したファイルは「ごみ箱」へ移動せず「完全削除」と処理されます。
一瞬で起こった出来事で、ささいな操作ミスであるにもかかわらず、復旧不可という最悪の状態でした。
削除したファイルは、みんなで何日もかけて作った重要なファイルでした。
悪気があってファイルを消したのではないので、消した人を責めるわけにもいきません。
ささいな操作ミスで、完全にファイルを消してしまい、私たちはどうしようかとあたふたしていたときのことです。
そんなとき冨本さんが、一言、言いました。
「こういうこともあろうかと、バックアップを取ってあるから大丈夫」
なんと冨本さんは、ファイルのバックアップを取っていたのです。
私たちは、冨本さんがバックアップを取っていたことを、まったく知りませんでした。
将来起こるかもしれないトラブルに備えて、冨本さんは、ひそかにバックアップをしていたのです。
さらに冨本さんのすごいところは、バックアップ処理を「完全に自動化していた」ということです。
毎日、手動でバックアップをするのは仕事の負担になります。
そのため、毎日1回、定期的にバックアップができるようにプログラムを作っていました。
私たちは、その冨本さんの見えない陰の努力に驚きました。
「さすが先輩!」と思ったのは、言うまでもありません。
バックアップは、してもしなくても、仕事に直接影響しません。
バックアップが役立つのは、データが破損したときです。
トラブルが起こったときに始めて、バックアップが活用されます。
バックアップは、きちんとする人と、まったくしない人で、わかれます。
それは将来に起こるであろうトラブルと考えているかどうかの違いです。
気を利かせてバックアップを取っておけば、まさに「備えあれば憂いなし」です。