「親切をするのは恥ずかしい」と言う人がいます。
妊婦や高齢者に席を譲ったり団体客のために席を詰めたりすることに照れくさい気持ちがあるのです。
たしかに親切を心がけようとすると、知らない人に声をかけることも多くなります。
人見知りや恥ずかしがり屋の人にとって、ハードルが少し高く感じるのかもしれません。
あるいは、わざとらしい行動と感じる人もいるのかもしれません。
人から「いい人ぶっていると思われているのではないか」と感じて、抵抗を覚える人もいるでしょう。
しかし、どれも考えすぎです。
周囲の目を気にしすぎています。
親切を恥ずかしいと思うのは誤解です。
親切は、恥ずかしいことではなく、自然なことです。
悪いことは何一つしていません。
人としても正しい行いです。
思いやった行動をとがめる人はいません。
人は社会的な生き物です。
親切をすることは、間違いなく良いことであり、ごく自然な行為といえます。
そして、かっこいいことでもあるのです。
親切は、表現してこそ意味があります。
親切ができるチャンスがあっても、それを表現しなければ、思うだけで終わります。
いい人ぶっているように感じるとしても、大切なのは本人の気持ちです。
いい人ぶっているわけではなく、純粋な親切心から行動しているなら、恥じることはありません。
慣れていないなら、慣れていきましょう。
最初は恥ずかしくても、何度かやっていると当たり前のことになり、恥ずかしい気持ちもなくなります。
無償の思いやりほど美しいものはありません。
親切は良いことなのですから、笑顔で堂々と行えばいいのです。
純粋な気持ちで行った親切は、良い結果をもたらします。