勝ち目がない戦いに挑むのは愚かなことでしょうか。
必ず負けるとわかっている試合をすることが愚かなことでしょうか。
いいえ、愚かなことではありません。
そこに「意味」があればいいのです。
100パーセント勝てないとわかっていても、そこに意味があれば、挑む価値があります。
はるか格上の相手と戦ったところで、実際はまったく歯が立たないでしょう。
子どもが大人と戦うような展開になるはずです。
一方的な試合になり、完膚なきまでに打ちのめされるに違いありません。
それでも意味があればいいのです。
はるか格上の相手は、いわば「お手本」です。
洗練されたプレイを目の当たりにすることで、動き方や取り組む姿勢など、得られることがあるでしょう。
直接対戦することで、トップレベルがどういったものなのかよくわかります。
時に私たちは、勝ち目がなくても、戦いに挑まなければいけないときもあります。
家族のためであったり、愛する者のためであったり、自らのプライドを貫くためであったりです。
自らの威信をかけて戦うときもあります。
自分のレベルに合った人だけが、対戦相手ではありません。
レベルがまったく違う、格上の相手であっても、そこに意味があれば、戦わせていただきましょう。
練習試合でも親善試合でもいいのです。
ぼろぼろの負け方をしてもいい。
大敗の中から得られることがあります。
「絶対勝てないのにどうして戦うの?」と聞かれたら「成長のため」「将来のため」「大切な人を守るため」と答えればいい。
そこに意味があれば、挑む価値があるのです。