「評価」とは、面白いものです。
ある人が「よい」ということは、また違うある人には「悪い」と感じます。
私は先日面白い経験をしました。
まったく同じ文章に対して、正反対の意見をお客さまからいただきました。
「とってもいいことを書いている」という絶賛のお手紙と「つまらない文章を書くな」という批判のお手紙です。
まったく同じ文章なのです。
しかし、人によってその受け取り方や感じ方が、まったく違うのです。
私はいろいろな意見を受けますが、あまり気にしないようにしています。
もちろんまったく気にしないわけではありません。
よいと言われた文章からはどこがよかったのかを発見して、ここが悪いと言われた文章からはこれからは気をつけようと思います。
しかし、正直なところを言ってしまうと、他人の評価よりまずは自分がいいなと思う文章を第一に意識するようにしています。
先ほども言いましたが、評価というのは面白いことに、人が違えばがらりと変わってくるのです。
もう全然違うと言ってもよいほどです。
同じ人でさえも、そのときのどんな気持ちでいるかで、文章から受ける印象も変わってきます。
周りの人からの評価を気にしすぎていると、自分の文章や主張を見失ってしまいます。
「気にしない」というのが一番なのです。
よい文章も悪い文章も、あってないようなものなのです。
評価も、あってないようなものなのです。
私は他人の評価は必要以上に気にせず、自分がいいなと思う文章をなにより大切にしています。
「わかりやすく」「面白く」そのうえ「体験の混ざった」文章が、自分にとってなによりわくわくし面白く感じられます。
自分で自分の文章を読んでみて、わかりやすくて面白く、体験が混ざっていないと、よいとは感じられないのです。
あなたが今意識している「評価」というのも、同じことが言えます。
今の性格で本当にいいのか。
今の人生で本当にいいのか。
こうした悩みを持ったことはありませんか。
他人が「悪い性格」「つまらない人生だね」と評価してきたりしますが、そんな評価は気にしなくてもかまいません。
人によってあなたがどう映るかは、まったく変わってくるのです。
それより、まずあなたは自分をどうしたいかを考えるほうがいい。
周りを気にしながら生きるより、自分の好き勝手に生きるほうが自分らしい生き方をしていると言えるのです。
私が書いている文章も、ある人からは「何て偉そうなことを書くんだ」「つまらないことを書くな」と批判を受けることでしょう。
その一方で「この言葉を待っていました」「実は私もうすうす考えていました」という言葉をもらうでしょう。
しかし、私は気にしません。
評価は他人が好きにすればいい。
それより私は自分が面白く好きなことを、やり続けていきたいのです。
それが自分には、一番有意義に楽しく感じられるからです。