父がまだ会社勤めをしていたころ、水口家では、夜の7時か8時くらいになると、不思議な電話がかかってきました。
「リリリ」と電話が2、3回鳴って、すぐ切れます。
偶然その日だけかと思いましたが、違いました。
明くる日も、また明くる日も、毎日続きます。
いたずら電話です。
その電話を聞くやいなや、母は急に立ち上がります。
お風呂の湯を沸かし始め、次に台所に立ち、料理の支度を始めます。
母に「あの不思議な電話は何?」と尋ねてみると、驚く答えが返ってきました。
「お父さんが会社を出た合図」と言います。
「お父さんが会社を出たタイミングがわかれば、お母さんはお風呂の湯を温めたり、出来立ての料理を作ったりしやすくなる」
「なるほど」と思いました。
しかも、なぜ電話を取らないのかというと「電話を取ってしまうと電話料金がかかってしまうから」と言います。
父と母との間で、そういうやりとりを考えたのでしょう。
節約志向が強い水口家らしい考え方だなと、両親の知恵に感心しました。
これは父にとっても都合がよかったはずです。
電話を数回鳴らすくらいなら手間にならず、母にとってもわざわざ固定電話のところまで足を運ぶ必要がありません。
手間にならず、お金もかからない、しかも合図になるという、両親にとってベストの選択でした。
こうして水口家では、父の帰る時間に、ちょうどいい温度でお湯が沸き、出来立ての料理が待っているのでした。
妻が専業主婦をしている多くの家庭では、夫の帰るタイミングに頭を悩ませているのではないでしょうか。
「今日は何時ころに帰られそう?」
「たぶん、夕方6時くらいかな」
妻は、料理を作るために、夫が帰る時間を知りたがります。
とはいえ、なかなか自信を持ってこの時間に帰られると言いづらい。
会社にいる間は、夫も残業が急に入るかもしれませんし、飲みに誘われるかもしれません。
社内にいる間は、はっきりこの時間に帰られるとは言えません。
会社から出たときに言えばいい。
退社をした後なら、上司から急な残業を頼まれたり、同僚から飲みに誘われたりすることはありません。
絶対にないわけではありませんが「まれ」と考えていいでしょう。
夫は、会社を出たタイミングで、家で待つ妻に電話をすればいい。
水口家がしていたように、電話を数回鳴らす合図でもいいでしょう。
テレビを見ていてたまたま電話の音に気づかなくても、着信履歴にも残りますから、わかるはずです。
夫のほんのささいな工夫で、妻は大変楽になります。
夫は、会社から出たら、すぐ家で待つ妻に電話をしましょう。