自分の両親には、大きな存在感があります。
生まれて一番にお世話になっているからでもあり、自分のことを最も理解しているからでもあります。
理解のある親には、大きな存在感があるのです。
私は中学時代、荒れている人間でした。
言葉遣いも態度も、ダメでした。
「うるさい」「ばかやろう」という言葉遣いが悪い時期がありました。
ごみ箱を蹴ったり、乱暴にドアを開け閉めしたりなどもありました。
問題児だったのです。
あるとき、私は複数人の先生からひどく叱られたことがありました。
しかも、親も呼ばれて、話し合いです。
何人もの先生に囲まれて、みっちり話し合ったことがありました。
「この際だ」と思い、今の自分の置かれている状況について、正直に話をしました。
何時間にも及ぶ、長い話し合いでした。
そうすると、心のわだかまりもどんどん消えていったのです。
怒りも不満も、口にすれば収まります。
私の理解不足が原因でした。
親と子の亀裂は、理解不足から生まれます。
私の正直な話を親が聞き、理解してくれたことに、親の心の寛大さを感じたのです。
親が私を理解してくれたから、救われました。
「親は私のことを理解してくれたから、私も親を理解しよう」
そう考えるようになったのです。
理解のある人は、大きな存在感があります。
親の存在感とは、理解力から表れます。