「貧しい、貧しい」と嘆かないでください。
貧しく感じるのは、心の贅沢病です。
「貧しい」と嘆く人は、いつの間にか満足の基準が高くなっています。
十分豊かなのに「豊かでない」と勘違いしたまま生きることになります。
自分の生活が貧しく感じたら、100年前と比べてみてください。
食も衣服も住環境も、100年前と比べれば、はるかに豊かです。
100年前は、自宅にお風呂がない家が多く、共同浴場を利用する人が多くいました。
下水道も上水道も、衛生環境が十分でないところも多かった。
バスや鉄道は登場していますが、まだまだ路線は少なく、運賃も高く、今ほどの利便性はありませんでした。
教育も娯楽も治安も交通も、100年前と比べれば、現代のほうが圧倒的に豊かです。
海外旅行なんて夢のまた夢。
国の代表者など一部の人を除いて、海外に行く機会はありませんでした。
スマホやパソコンも、コンピューターやインターネットも、100年前には存在すらしていません。
今では当たり前にあるものも、100年前にはありませんでした。
わずか100年です。
たった1世紀の違いにすぎません。
この100年で、私たちの生活水準は著しく向上しました。
100年前の人が現代の人の暮らしぶりを見れば、さぞ羨ましく思うでしょう。
200年前と比べようものなら、もはや別世界です。
「貧しい、貧しい」と不満を漏らす人がいますが、100年前と比べれば、圧倒的に豊かな暮らしや社会が実現しています。
あらゆる点で便利になっています。
貧しく感じるのは、人と比べたり見栄を張ったりしているからです。
隣の芝生は青く見えるもの。
隣の芝生が青く見えるからといって、きょろきょろよそ見ばかりしていると、自分の庭の花に気づけなくなります。
恵まれているのに貧しいと感じることほど悲しいことはありません。
貧しく感じるのは心の錯覚です。
本当は恵まれています。
貧しいと思わないことです。
むしろ恵まれていると思うことが大切です。
隣の芝生を見るのはやめ、自分の庭の花を見つめましょう。
当たり前を当たり前と思わず、いま一度感謝したい。
日々の豊かさに気づき、いかに恵まれているか感謝すれば、貧しい感覚とは無縁になります。
100年前と比べれば、私たちの生活はあらゆる点で豊かになっているのです。